映画史上最も長い殺害シーンとして記録に残る(九分五十八秒)『張りぼての星空』(原題half moon light)で、殺害されるヒロイン・アリッサを演じる女優ケイト・ウォルタースは、誰かがその映画を見る度に殺されていた。スクリーンの中で、テレビの中で、そ…
サクラダサクラの持ち物 錆びた缶切り、穴のあいたプラダのかばん、穴をふさいだプラダのかばん、一口サイズのサンプルの寿司、大薙刀、くるみの殻1984個、全自動動揺機、高校卒業アルバム、大学中退アルバム、月の石5個、のみ取り首輪、分解されたハンダゴ…
サクラダサクラは大正海老の尻尾から半分くらいを齧りとり、残りをまた水槽に戻した。大正海老は上半分の体だけで再び泳ごうとし始めたが、尻尾がないのでどうしても浮かびあがることが出来ず、必死に足を動かしながらもゆっくりと沈降していった。海老の小…
先日、サクラダサクラ殺人事件の容疑者として逮捕されたサクラダサクラ氏ですが、実はサクラダサクラでないことが判明いたしました。姿かたちはサクラダサクラそっくりだったのですが、その顕著な特徴である「右ひざの十字靭帯のほつれ」が見つからなかった…
サクラダサクラを殺したのはサクラダサクラだった。 テレビでそう発表されているのを見て、あまりの唐突なことにサクラダサクラは驚いたが、絶対に殺してないと言い切ることもできなかった。 無意識に手近にあったジャンパーを羽織ったが、いつまで経っても…
男は記事を書く仕事をしていた。安全なセックスや快適なアームチェアやよく飛ぶチタンアイアンについて、もしくは、愛の意味について、人生の意義について、仕事の尊厳について、様々な名前を使って彼は記事を書いた。そして、それら全てについて、逆の結論…
自分の書いたものを見て、正直当惑することがある。 それは失望でもなく、昂揚でもない。 本当にただ、当惑した、というのが正しい。 一体、自分のどこからこの言葉は出てきたのだろうか?そもそも自分が本当に書いたものなのだろうか? 当惑が私の頭に浮か…
見た事もない青い虫が世界に満ちる夢だ。 人間はどこにもいなかった。 存外、それはそれで幸せそうだった。
どうにも肩が痛い。回すたびに音がする。 あまりにも痛いので裸になって鏡で確認してみると、カリイー・ミノーグが噛み付いていた。 だが、俺はカイリー・ミノーグを知らない。 これが凶暴なカイリー・ミノーグなのか、それとも通常のカイリー・ミノーグなの…
黒い猫が出て行って 一人になった スミスを聞きながら 釣りをしたいと思った 折れたほうきの柄に 破れた包帯巻きつけて どぶ川に垂れた太い釣り糸 釣り針もえさもない 赤いチュチュ 浮浪者の左手 かえるの陶器人形 何も釣れない 何もひっかからない 笑う狸の…
追う影、追われる影、逃げる影、欠けた影。大抵は自分の影の大きさがわからない。形がわからない。色がわからない。だが、それは幸せなことだ。影が伸縮し、捉えきれないうちは、生きることができる。 真っ黒に燃える太陽に焼かれ、アスファルトに影がこびり…
ゆっくりと、慎重に進まなければならない。ジャックナイフを研ぐように、腹式呼吸の練習のように。 踏み外してはいけない。私たちが歩いているのは、ピアノ線よりも細い柔らかい影。面積体積のない、どこまでも続く色のない断崖。 恐怖に駆られ、走り出すな…
読むことは書くことであり、行動すること。 言葉になった瞬間に、それは存在する。 そして、一瞬で消え去る。
文章を書くことが創造だって?馬鹿な事を言うな、この癲癇持ちめ。書くことはそんなものじゃない。書くことは殺しだ。頭の中に、体内に、肺の中に渦巻いている得体の知れない情念を、このわずかな語彙に押し込めることで、それを殺してしまっているんだ。一…
失ってしまった 狂人の絶望した叫びを、瞬間が音を立てて崩れていく音を、飢えた獣のうめき声を、鋭くとがった悪意のささめきを、聞くことのできた耳を、失ってしまった。 自分でさえ理解できない古代の記号を発し、清らかな言葉を腐臭のする悪罵に変え、四…
戦争のない時代に生まれてよかったね。茶色く垂れた雲の先端を見つめて、歩きつづけなければいけない灰色の平坦な道路がある。 飽きるほど食べ続けた透明な鉛玉を血とともに吐き出し、その中に眠る女王の口付けを懇願する夜がある。 柔らかく暖かい寝床で不…
彼は復讐の連鎖から逃れるために自分の頭を打ち抜いたのではない。 復讐する機会を永遠に奪うことで、相手に無限の苦しみを舐めさせるために、彼は自分の眉間に銃口を向けた。
茶色く汚れた白い布紐をつたっていき、つないである四角い柱を下から眺めて、不意にそれが自分の父親のような気がする。長い間眺めても、それは錯覚ではないとわかる。やはり柱は父親以外の何ものでもない。私は柱にすがりついて泣く。それを見かけた母親は…
物語や構成など必要なく、目の前を一瞬だけよぎる光をつかむようにして、書かなければならないのだ。それは言葉ですらなく、一瞬の吐息、あるいは、脳から発せられる閃光のようなもの。
蟻の大群に運ばれる彼の右足の親指に嵌められた指輪の深い緑色の宝石はいつの間にか転がり落ち、底の見えるほど澄んだ青の湖の中に沈む美しい男の死体の胸の真中に漂着して、百年を生きた黒なまずに一息で飲み込まれるまで、静かに空を見つめていた。
時間を大鉈でぶつ切りにして、その断面に朱肉を塗り、厚切りのアクリル版に押したもの。
明日の選択肢を一つずつ削り取るだけでは足りない。昨日の叡智を踏みにじるだけでも足りない。未来は溶けきったグラスの氷だと認識し、過去は忘れ去られた野武士の骸として扱い、現在でさえチチカカ湖を飛ぶ蝶の見た夢のように行動しなければならない。
一日が7日で一週間になり、それが52回続いて1年が終わり、また新しい年が始まるということを彼が知ったのは、5歳の時だった。 その時、彼は不安で泣き出してしまった。 こんな日が!こんな日が、あと何十回も、何百回も、何千回も!!
気違いを野放しにするな。気違いを野放しにするな。俺の隣では始終しゃべりつづけている焦点の合ってない女が仕事をしている。彼女は仕事ができる、らしい。だが、そんなことはどうでもいいことだ。話すときに顔を見つめずに空に目を向ける女だ。独り言を口…
成長と満足という公式がもう成り立たないことを認めるべきだ。
私は悪い子です。 社会の規範になんら意味を認めていません。それどころか破壊してやりたいくらいです。 私は悪い子です。 みんなが求めている幸福が理解できません。裕福、家庭、栄誉・・・・そういったすべてがただの単語としてしか認識せず、思い描くこと…
弾丸を射出してから着弾するまでの距離は一人の人間の生命の長さと等値である。 すなわち、射出−着弾の時間は永遠であり、一瞬でもある。
彼は反乱分子だった。抵抗活動家だった。 しかし、問題は彼の敵はどこにもいないということだった。 体制も宗教も資本主義も家族も差別も、崩壊させるほどの害悪を撒き散らしているとは思えなかったし、自分がそれ以上の恩恵を受けていることを彼は認めざる…
骸骨がいる骸骨がいる。骸骨はキーボードを打ち、飯を食らう。愛を囁き、体制転覆を叫ぶ。骸骨の凱歌で世界中の火山は噴火し、骸骨の悲嘆の涙でインド洋はあれほど深い青色を湛えるようになった。 身近に骸骨はいる。毎日、毎晩、毎朝、陽気に下顎をかくかく…
自分が一片の疑問すら抱くことのない文章は、読む価値すらない。