白無垢の天使

骸骨がいる骸骨がいる。骸骨はキーボードを打ち、飯を食らう。愛を囁き、体制転覆を叫ぶ。骸骨の凱歌で世界中の火山は噴火し、骸骨の悲嘆の涙でインド洋はあれほど深い青色を湛えるようになった。
身近に骸骨はいる。毎日、毎晩、毎朝、陽気に下顎をかくかくと震わせながら、私に話しかけてくる。「やあ、君、元気かい?」「やあやあ、生きているかい?」空っぽの眼球で見つめられながら、私は答えを返す。「ああ、元気だよ、生きているとも。」骸骨はまたけたけたと乾いた骨の音を響かせて、笑う。
ケネディを暗殺したのは骸骨だ。サラィエヴォで引き金を引いたのは骸骨だ。カンボジアの地雷は全部骸骨が仕掛けた。北陸で暗殺を逃れ、モンゴルに渡って世界中を駆け回り、アフリカで疫病を種痘手術によって防ぎ、火星に人面遺跡を造り、エーテルで世界中を満たし、駒込で少女を犯してばらばらにした挙句に骨までしゃぶりつくしたのは、骸骨だ。
人はみな骸骨になってしまう。気をつけていても確実に骸骨化は進む。指先が細り、足の肉が削げ、眼球は溶けてなくなる。気付いた時にはもう遅い。骸骨から人間に戻る術を知っているのは、もう2000年も前に十字架に磔になった貧相な男だけだからだ。骸骨にできることは、ただ人間であったときを懐かしみ、涙の出ない眼窩に百合を捧げ、剥き出しになって骨の手入れをしながら、かたかたと顎を鳴らすことくらいしかない。