データラブ・データラブ

彼のはデータの作成を仕事にしていた。彼のもとに来る依頼は絶え間なく、そのため彼は忙しい日々を送っていた。今ある最も近い言葉の中から選ぶならば、それはコンサルティングとかシンクタンクとかが適当なのだろう。しかし、それはあくまでも近似値なのであって、彼の仕事そのものを指しているとは言いがたかった。彼の仕事は特異だったからだ。まず、彼は一人で仕事を行っていた。これだけならば、まだ話はおかしくない。フリーのシンクタンカー(というのかどうかわからないが)など聞いたこともないが、相談役とかそういう類だと思えば、ないこともない。彼の特異性は他の点にある。それは、彼の作るデータには何の意味もない、ということだった。
彼のデータがぞんざいだったということではない。むしろ、データは精巧な陶芸のように緻密で繊細なものだった。各数値間の増減には間違いがなく、前後の辻褄は確実に合っていて、完璧だった。そう、データ上は非の打ち所のないないものだったのだ。だが、そのデータ自体はでたらめだった。つまり、現実世界とは何の接点も持っていない代物だった。タイトルから項目名、それが指し示す数値は彼が作り出したものだった。例をあげる。データタイトル『狙う男と狙われる男』では、「狙う男」と「狙われる男」の2つの関数から数値をはじき出し、それが「時間」とともにどれくらいの「距離」になるのか、ということを示していた。次にタイトル『とんでもなく不幸な靴屋のイワン』では、「イワン」の一日の間の時間帯による「不幸」係数を出し、それと「靴の硬度」がどういう相関を示すのかを表していた。『弾け飛んだ少女の夢の欠片』、『白ワイン原理主義者とプロサッカークラブ』でもそれは同様だった。要するに、彼のデータは彼の創造の産物であり、どこにもその根拠はなかった。
しかし、それでも彼に来る依頼はひっきりなしだった。彼は全ての仕事を受け、データを創り続けた。彼のデータは評判の代物で、彼がお金に困ることはなく生活した。